子どもの頃なんか特にそうで大人になってもSNSの世界でよく見られるんだけど異端って弾かれるのよね。もっと悪く言えば変人とか変わり者とかとにかく普通のことが出来ない人。
それがある意味突き抜けて偉大な功績を残す人も居ると思う。ひろゆき氏とかある意味変人だし一歩間違えたらただのヤバい人で終わりだ。
そもそも僕らの先祖は集団生活を長い間やってきたのだ。近年になってようやく個々のプライバシーが守られてきたが基本的には集団生活を要求される場面が多い。
学校なんて最たるもので会社なんかも大半の会社は個人プレーよりチームプレイを重んじている。
僕らの先祖なんかも集団で生活してお互いに支えあっていかないと成り立たないし助け合いがないといけない死活問題だったのである。そんな中でたまに集団に和を乱す者が現れたとする。
それが仮に飛び抜けた天才だとしてもとんでもない無能だったとしてもその場を掻き乱される異端がいたとしたら出来るだけ排除して自分たちの身内というか集団を守る動きが出来てしまうのだ。
基本的に集団は天才を必要としていない。保守的であり現体制に疑問を抱いて革命を起こす者が現れない方が運営しやすいのである。集団の長や長老は全体を見て上手くいってたらそれでいいのである。
よく中学生が体育の時間にチームでスポーツをして出来ない子によってたかって罵声を浴びせるのもその派生である。普通は出来ることが出来ない子を排除することで自分たちの集団を守るという先祖からのDNAみたいなんが残ってるのである。
かと言ってその集団の中で飛び抜けた天才も気持ち悪がられて排除されるのである。気持ち悪がられても嫌われても平気でそのまんま突き抜けられる人だけが天才を続けられる。天才にも忍耐が必要なのである。
要するに変な気を起こさずに集団の中で目立つことなくそこそこでいることが生き残るための賢い戦略だったわけだ。集団の中で足を引っ張っる人も迫害されるし天才も気持ち悪がられて排除されるのだ。