ゆるゆるサラリーマンのよろずブログ本舗

この前までハードに生きてきたが、ゆるく生きようをモットーに生きてるユルリーマンのブログ。

上質のコミュニケーションを求めて日々精進したい

僕はまだまだ修行が足りない人間である。だが自分の記事では自信持って恋愛のことについて語ったりしている。自分が自信持って語れる分野にたいしてはきちんとしないと多くの人を惑わせることになるからそこは変えるつもりはない。

 

とはいえ何故冒頭に修行が足りない人間と書いたかというと本を読んであるいはネットで調べて色々考えるとまだまだ僕は何も知らない人間だと気づかされる。ただこのハッとさせらる瞬間が嫌いではない。

 

本を読んでる時にボクシングで言えばガードを下げずに読んでるわけ。だからまともにノーガードでパンチ食らった時にあ痛ー!となるけど同時に気持ち良さも感じてる。こんだけまともに食らったら気持ち良いよなみたいな。

 

前置きが長くなって申し訳ない。んで最近恋愛系の記事書いてるから心理学とかコミュニケーションの本とか記事とかめちゃくちゃ調べるようになったのよね。そしたらハッとすることがあった。

 

みんなはコミュニケーションについてどう思いますか?実はコレ、コミュニケーションについても上質のものと普通のものと低質のものに分類されるんじゃないかなと。

 

ただ最近はコミュニケーションについて最初から上質のものを求められる風潮を感じてそれはそれで息苦しさを感じる。まあその息苦しさの理由もあとで触れたいな。

 

では今回はその分類したコミュニケーションの3種類について深掘りしたい。

 

①まずは低質なコミュニケーション。これはよく言われる自分語りとか会話泥棒ってヤツもそうかな。よく男性がはじめての女性とコミュニケーション取る時にやりがちな失敗。

 

とはいえ女性とコミュニケーション取るつもりはあるわけで一生懸命になって空回りしてる感は否めないがここにすら立てない男性もいる。最初は低質なコミュニケーションでもスタートラインに立つことには価値がある。

 

で、これの何が問題なのか。相手が聞き役になって相手としたらつまらないのもあるだろうが相手のことを深く知れないということ。小学生が親に学校であった楽しい出来事を一方的に話すくらいのコミュニケーションである。

 

親なら可愛い我が子の報告を微笑ましく聞いてくれるだろうがまだ親しくない間柄でこれやられたらシンドイ。一方的に話したいならお金払ってキャバでもスナックでも行ってくれよってなってしまう。

 

②次に普通のコミュニケーション。対等に話しを出来る段階。コレってよく同性同士なら成立してるのを見かける。よく電車の中で男子学生が屈託なくお互い学校のことやら家族の話しやら流行りについて喋っているあんな感じ。

 

極めて普通のコミュニケーション。リラックスしてお互いの言葉でラリーを繰り出してる。同性同士だとみんな出来るんだけどな。コレが異性になると途端に出来なくなる。

 

異性との会話でどこに地雷があるかわからないのもポイントかもしれない。男性同士なら鋭いツッコミとか受け止めてくれるんだけど果たして女性にやっても通用すんのかとかいちいち考えてしまって勢いが止まったりする。

 

ただこの普通にラリー出来る状態がお互いに満足できるコミュニケーションじゃないかなと。あとは経験と場数で同性とも異性とも出来るようになれば満足度爆上がりである。

 

③最後に上質のコミュニケーション。これは散々色んなところで言われるだろうけど相手が気持ちよく話せるコミュニケーション。コレって僕も出来てないけど目指したい。

 

よく女性は話したい生き物とか聞くし聞き上手がモテると何処でも言われる。ただそれは女性に限らない。男性だって聞いてもらえることに喜びを感じる。つまり共通のモテ要素だ。

 

僕で言えばブログをやっている。この僕がいちばん大事にしてて愛着のあるものをかなり時間使って深掘りして聞いてくれる相手が居たら人はやっぱり嬉しいものだ。

 

なんでブログが好きになったのですか?って話から僕が文章好きだとわかって文章好きになったキッカケに小学生の時に作文でクラスを沸かした話とか無限に掘っていける。そうして掘っていくうちに相手の人となりも掴めたりする。

 

そう、このコミュニケーションの段階に入ってようやくベクトルが自分から相手へと変わる。人はなんだかんだで語りたい。自分が喋っているうちがいちばん幸せなのだ。相手を幸せにするコミュニケーションと言えよう。

 

んで相手も好きなコトで語りたい話が潜在的にたくさん持ってたりする。それをいつ出そうかと手ぐすね引いて待ってるがなかなか披露する機会なんて訪れない。誰かがキッカケをくれないからと自分語りで語りだしたら低質なコミュニケーションになってしまう。

 

ただ、ホンマに相手が深掘りしてほしいとこと違うとこを掘ってしまう可能性はある。とはいえ自分が語れる場を作ってもらえるのは嬉しいのである。これは相手を今日の主役にしたい時にやってみるコミュニケーションじゃないかな。