槇原敬之氏については過去に何回か記事にしたことある。今回は彼の初期のアルバムに収録されてる名曲のeach otherについて思うことを解説してみる。
この曲の入ったアルバムは確か高校生の頃にバイトして貯めて買った記憶がある。なんつーかスルメ曲でもあるしストレートな歌詞が沁みてきて高校生の頃の僕ですら魅了されたのだ。
だが大人になってから歌詞を改めて見ると額面通り取っていいのかという疑念すら湧く。まずはこの曲の歌詞の概要を軽く説明する。
別れた元彼女と偶然に地下鉄のホームで見かけた主人公の今の心情を歌った悲しい曲である。時を経て全てが変わってしまい元の2人には戻れない。なのに彼女は未だ綺麗な2人の頃の思い出に浸っていて地下鉄のホームで主人公に手を振ってくれた。
そんな悲しみを歌った曲だがこのまんま額面通りに歌詞を読み解くと彼女の方が思い出に浸っていてそこから踏み出せずにいつまでも引きずっている印象だが果たしてそうだろうか。
この曲の1番のサビの歌詞を書いてみる。
あの日地下鉄の改札で離したくないと言えなかった臆病すぎた僕がどれほど君をつらくさせただろう
なるほど。彼なりに別れに至った理由は気づいている。それについて自分のせいだと認められる潔さはあるわけだ。そして彼はさらに2番の歌詞で成長を見せる。
あれから君によく似た 人と暮らしてみた
結局似ているだけで 君とは違った
でももし今君に 好きだと言われても
やっぱり頷けない 全ては変わっていく
なんつーか物事にはやっぱり鮮度みたいなのは必ずあるわけ。あの時の君に好きだと言って欲しかったみたいな未練たらしい気持ちは僕もわかる。今更君に好きと言われても…みたいな。
ここまでの歌詞の流れを読み解くと別れてからきみは急に愛想よく僕に手を振ってくれた。ひょっとして心変わりして今になって僕が好きになったのだろうか。そして以下の歌詞に繋がる。
そう思い出なんて 時が経つほど本当以上に
美しく心に残るから 人は惑わされる
これはほんまにそう。普遍的なテーマというか永遠にいつの時代でもそうなのかもしれない。だから2番のサビに繋がっていく。
君はまだそのことに気づかず
僕に手を振ったのだろうか
もしもそうなら 君はきっと
辛い日々を送ってるはず
ただここで一つの疑念が湧く。果たしてホンマにそうなのか。主人公の僕の勘違いの可能性はないだろうか。もしもそうならきっと辛い日々を送ってるはずなのは僕の方かもしれない。
そう主人公はまだ吹っ切れてない可能性がある。時を経てもう元の2人には戻れないし戻りたくないという主張をこの曲の中で主人公はしている。その主張じたいは嘘じゃないし強がりでもないと思う。
ただ偶然地下鉄で会った元彼女が明るく手を振ったことでまだ彼女の方が僕に未練があると勝手に思いこんだけど事実はそうじゃない可能性も拭いきれない。
ステレオタイプだけどおおむね女性というのは失恋しても次の恋をあっさりはじめてあっけらかんとしていて引きずらない。やたら引きずって昔の恋に執着したり未練たらたらなのは逆に男性の方だったりする。
ほいでこの歌詞の元彼女は一枚上手であっさりとこの別れを忘れていてとっくに吹っ切れていて元彼に偶然会ってもなんとも思っていなかったから旧友に会ったくらいのニュアンスで手を振った可能性はないだろうか。
1番のサビで臆病すぎた僕が悪かったと反省と後悔を覗かせる主人公が実はやり直したいと思っている気持ちなのかもしれない。そのやり直したい相手は別に君じゃないかもしれないが。
あとは主人公の彼自身が元彼女がこの僕との別れを後悔して未練があって欲しいという願望もあるかもしれない。こうもあっさりと前の恋を忘れられてしまったら僕の存在価値というか今までの時間はなんだったのかと虚しいう気持ちに襲われるからである。
ちょっと歌詞を深読みして全く違う意味で捉え直してしまったがそれでも名曲なのに変わりはない。素晴らしい歌詞であり僕なんかが一生懸命考えても絶対作れない歌詞である(当たり前)