ゆるゆるサラリーマンのよろずブログ本舗

この前までハードに生きてきたが、ゆるく生きようをモットーに生きてるユルリーマンのブログ。

人の欲はどこまで際限ないのか。たまに考えてしんどくなる。

大学卒業して働いてから何年になるかなぁ。まだ学生時代には未熟者だったのでちょっとしたことで祝われたり褒められたりした。ところが社会人になってから褒められることなんててんでない。

 

社会人になったら当たり前のように成果だけを求められる。散々に学生時代に失敗やら色々実験して試してきたんだろうからもう社会人になったらわざと失敗したり実験させてもらえる機会なんて与えられない。

 

んで成果出したら出したで次もやってくれるんだろうね?と高いハードルを要求される。でその高いハードルを超えても褒められることはなくてもっともっとを要求される。まさにもっともっとの永久機関。キリがない。

 

これが資本主義社会と言われたらそれまでだがシンドイのも事実。仏教に足るを知るという言葉もあるがこの社会では真逆のことが起きている。足るを知ってたら成長なんてないからもっともっと生産して消費して社会を動かせと煽ってくる。

 

コレって全てに当てはまる。どこに行ってももっともっとと刺激を求められて人の欲は際限なく掻き立てられていく。

 

たとえばYouTuberが動画を出す。ちょっと過激な内容でバズったら過激系と呼ばれてそのバズった内容より日和った動画出したらつまらないとか叩かれる。前より下回ると世間は叩いてしまう。

 

そうなると動画はどんどんエスカレートしていく。海外のYouTuberがそれで過激すぎて生命を落とす例もよくある。このように人の欲には際限がないのである。

 

昔の僕は女性と話すだけでドキドキしていたが今や別に女性と話すのなんて何も思わない。セックスする段階くらいにならないとドキドキしない。たまに女性と話すだけで天に昇る気分になると宣う男を見かけると羨ましく思う。

 

オレって汚れてしまったんだなあと。ただ自分が何十年くらい前に居たレベルにこの男は止まってて足踏みしてんだなと思うとそれはそれで思うことがあるが。

 

んでセックスしたらしたで満たされるかといえばそれは別物である。今度はフェラして欲しいパイズリだetcと要求はどんどん膨らむばかり。一つには慣れというのが作用してると思う。

 

さっき女性と話すだけでドキドキする僕が昔はいたと述べたがその僕は嘘だったのかといえばそうじゃない。要するに女性というのに慣れてしまったのだ。人間には環境に適応する能力が備わっている。

 

いつまでも女性にドキドキしたままだと日常生活に支障をきたすのでいつかはその状況に慣れてドキドキしなくなる日がくるのだ。そして次の段階に進みたくなる欲望が湧いてくる。これは必ず訪れる。どんな美女と付き合っててもドキドキは持続しない。

 

満たされないからどんどん欲望はエスカレートしていく。ネットを見たら女性とのハメ撮りをあげてるヤツをたくさん見かける。バカみたいだがただのセックスでは満たされなくなってあんな過激な方向に走ってしまうのだ。

 

こんなのを横目に見てると人って愚かだなとたまに思い知らされる。このもっともっとの欲望のおかげで社会は発展してきたんだけど。まあたまに疲れる時があるのよね。