エロ漫画やエロ系のイラストでよくあるパターンで小学生の時に遊んでたボーイッシュな幼馴染が高校生になって急に乙女っぽくなって男の前に現れてそのまんま流れでセックスしたみたいなヤツ。毎回バカバカしくてんなわけあるかと心の中では思ってる。
アレはあながち嘘ではない。嘘ではないというのは幼馴染と再会してセックスすることではなくて。小学生の時は男とか女とか意識してなかったのに時を経て見違えるように女に変貌してドキッとしてしまう感情が。
おそらくだけど小学生の頃って性差はそれほどなかったのだ。男も女もそこまで取り立てて違うと言える身体的な特徴もない。性別により差がないからフラットに小学生の頃は男とか女とか意識せずに遊べていた。
ところが小学生高学年から高校に進学するくらいまでに怒涛のような変化に晒されて僕らは思春期に身悶えしてしまう。ちんこに毛が生えてきてショックを受けたりやたら声が低くなって身体的変化に戸惑い続ける。
なんかテストステロンという男性ホルモンもこの時期に20倍くらいに増えるらしい。ちょっとは匙加減考えろ。幼稚園とか小学生低学年の時は姉ちゃんと一緒に風呂入っても何とも思わなかったものがこの思春期に入って恥ずかしさを覚えてしまう。男性ホルモンの仕業である。
この性ホルモンのバランスによって良くも悪くも僕らは支配されて動かされてしまう。こうして特に若者の時にはセックスしたくて仕方ない衝動に駆られてしまう。とはいえ何も考えずにズッコンバッコンしてたんでは理性もない獣でそのうち捕まってしまう。
なのでうまい事最悪の事態を回避しながら尚且つ相手を不快にさせないやり方でセックスを合意の元で進めるという高度なゲームを僕らはさせられているのだ。世の中の恋愛というのは全部これ。
4択問題の一つしか正解がないのをずっと当て続けるみたいな難しさが恋愛である。たとえばお見合いをしたとする。会話の中にも地雷行動はいっぱいある。根掘り葉掘りいきなりプライベートを聞いてはいけないし質問ばかりしても駄目だし自分ばかり話してもいけない。
そんながんじがらめの縛りの中でうまい事正解行動をずっと当て続けなければならない。これがいかに難しいか。主題からズレてきたので元の話に戻す。
そんな若い頃にピークを迎えた男性ホルモンも時と共に減衰していく。いつか曲がり角を迎えてしまう。僕もおじさんだから徐々に減っているのがわかる。
確かに女性を好きになったとしても友情を結びたいという気持ちの方が強い。愛みたいな重いモンじゃなくて友達みたいな関係性を望んでしまう。だから小学生の頃に戻っていってるんやろね。ある意味。
なんか公園でゲートボールしてるじいさんばあさん見ててもそんな感じじゃないもの。完全に戦友。たぶんそうなっていくモンだろう。個人差はあるかもしれないが。