親が子供になかなか勉強しろと言っても聞かないがじゃあ逆にどんな時に子供が頑張るのか考えた。よくよく考えてみると自分の所属してるコミュニティ(自分のクラス)の中で恥をかいてしまうのが1番効くのだ。
そもそも親に対しては関係が近過ぎて別に学校の成績が悪くて恥をかくのは耐えられるが自分のクラスの中で恥をかかされるのは忍びがたい。何より自分の所属する場所で能力が低いと認定されるのは死活問題である。
まあその事自体も実は幻想でただ自分の住んでる地域によって無造作に放り込まれた集団の中で成績が悪くても死ぬわけじゃないし何年もすりゃ各々が別々の進路を決めていずれバラバラになるからその数年の間の話なのにイマのその場所が自分の全てと思い込んでしまう。
そこでの失敗が全ての人生の失敗とまで思い詰めてしまうのも子供の頃の視野の狭さゆえだけど要するに自分が頑張ろうと思う時は自分の同期というかライバルに追い抜かれた時である。
切磋琢磨とは言ったもので自分とあまり年が離れていたり自分より遥かに先のタイミングで出てきた人の活躍とか追い抜かれた感覚って別になんとも思わないがたとえば自分と同じ空手の道場に通っていて同じ時期に一緒に入った人が自分より遥かに上手くなって差をつけられたら明らかに焦る。
同じくらいの時期に結婚相談所に一緒に通っていてその人に先を越されたらものすごく焦る。それくらい自分がライバルと決めたり同期だったりする人の活躍は自分に影響を与える。
そこは先にあげた恥をかきたくないという自分の中のプライドと相まって必要以上に頑張れてしまう。親から勉強できない事を言われても親と自分が年が離れすぎていて恥ずかしいとなかなか認識できない。
ところがやっぱり自分の所属する集団では恥ずかしい目にはあいたくない。ただ自分は勉強しないんだと開き直る人もたまにはいるが基本的にはその集団ではいいかっこしたいのだ。
そこで頑張れてライバルや同期に追い抜いても追随がなければそこから先しゃかりきにまだ頑張ろうとはならないしそのあたりが人生のうまくいかないところである。必死にまた他が追い抜いて来ないとなかなかまたギアを1段階上げようとはならないのだ。
要するに休憩してしまうのだ。だから同期とかライバルの突き上げとかって大事やね。