ゆるゆるサラリーマンのよろずブログ本舗

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夜勤に向かう電車の座席を巡る戦いから気づいた事

この1週間は先ほども別に更新した記事に書いたように夜勤ウイークであった。家から勤務地に向かうまでの電車が退勤と下校ラッシュに当たる時間帯でかなり混むのだ。僕はこのあと立ち仕事だし重労働だし出来るだけ座りたいという固い意志を持っている。

 

で、この通勤に向かう電車なのだが混み具合が日によって違うのだ。それこそ残り少ない座席を巡る争いの日は目の色変えて飛び込む準備をしている。

 

かたや何故か座席が思ってるよりあいていてすんなり座れそうな時はホンマに平和で穏やかな気持ちで居られるのだ。

 

自分で自分の気持ちの変化を見ながらなんか面白いなあって。けっきょくはなんというかみんなにそれが行き届く時には人は平和でいられて少ないパイを奪い合う時に争いは起きるのだなあってしみじみ思う。

 

若手の芸人が新人時代に同期とバチバチに潰し合いをしてベテランになってそれぞれに地位と安定したポジションを確保したら妙に穏やかになって仏様のようになってまた同期と仲良くなる現象もこれなんちゃうかなあと。椅子取りゲームで誰が座れるかわからない状態で優しい気持ちなんて生まれない。

 

オリエンタルラジオのあっちゃんも若手の頃はバリバリで同期とバチバチにやり合っていたと聞く。自分のポジション確保するまでは必死である。で、自分のポジションを同期たちも確保しだして奪い合う必要がないとわかるとみんな穏やかになるんだよなあ。

 

そういえば昔の話に無人島に女1人と男が沢山取り残されて女1人を巡って骨肉の争いが繰り広げられて惨劇が起きたという話もある。これを見るにお金にしても食べ物にしても行き届かなくて渇望すると人は無意識で戦闘モードに入るんだなと。恐ろしい話である。

 

普段優しいとか紳士だとかそんなのはお金やモノやなんやらが行き届いてるからの話で人は極限に追い詰められたらそんなのいつどうなるかわからない。

 

と、これといってこの話をまとめる能力がないまま論を展開しているが若干滑りながらもいいところに目をつけたなあと我ながら思った次第である。