自己肯定感ってぶっちゃけ僕が小学生とか中学生の頃には聞いた事なかった。その言葉いつ誕生したか調べたら割と歴史浅いみたい。1994年に心理学者の高垣忠一郎さんが提唱した概念のようだ。
現代社会が複雑で高度化するにつれてちょっとしたことですぐにおセンチになってしまう現代人には必要だった概念かも知れない。
こんな事言うと失礼だけど昔の人というか昭和とかの人って割とみんなガサツっていうかめちゃくちゃ本音で好きなように生きて本能のままに生きてきたような印象だから自己肯定感もクソもなかったように思えるのは気のせいだろうか⁉︎特に男は。
立ち小便をするおじさんもよく見かけたしタバコだってどこででも吸っていた。余裕でみんなが引くような下世話な話を公共の場で話すおじさんもいた。やりたい放題だ。
その分だけどかなり女の人は我慢を強いられてきたんじゃないだろうか。昔の漫画とか見たら夫婦があんまり対等に描かれてなかったりチカラ関係がおかしかった。
ところがバブルになってモテない男を馬鹿にしたりとか年収低い男なんて価値がないとか言われはじめた頃から妙におかしな事になってきたと感じる。昔の人みたいにガサツに生きれないように時代が変わりつつあった。このあたりから自己肯定感ってものが意識されだしたのかも知れない。
んで前置きが長くなって脱線したが今回は日本人の歴史の話じゃない。そんな自己肯定感とか自尊心についての話である。
僕の話になるが自尊心を回復するには仕事で成果を出すとか自分の能力とか才能を開発する事が最善だと思っていたのね。すごくアメリカ的な個人主義な考え方で。
だけどそうじゃなくて人から好かれたいとか対人関係をもっとうまくいくようになりたいっていう人も居るんだなって最近気づいて。ああそうか。なるほどなーって思った。好感とか好かれる事で自尊心を回復する方法。
僕にとって好感度とか人に好かれるって掴み所がないっていうか人の心はめちゃくちゃいい加減というか移り変わるし固定じゃないしずっと掴み続けるのは無理だと半ば諦めてるフシがあるのよね。僕だってもちろん好かれたい。
だいたい僕自身もそうだし昨日まで好きだったYouTuberとか芸能人もひょんな事で気が変わったり飽きて追いかけたりするのを辞めたりする。そんなドライな感覚を自分ですら持ってるんだから他人もそうだろうなと考える。
だけどそうやって愛情をもらったり好感を感じる事で自分を必要として欲しいという感覚なんだろうなと。そうか。そんなふうに自己肯定感を高める方法もあるんだなって。
僕はどちらかというと自分の実力とか能力で周囲から役に立ったとかキミがいて良かったと言われたい。そうやって自己肯定感を高めたいと思っている。空気読めなかったり鼻についたり傲慢なところもあるのも知ってる。
あと、僕は臆病である。無能なまんまで居るのが怖いしブログが面白くないとか生きてる値打ちないと思われるのが怖い。だから誰よりも熱心に取り組む。全ては自尊心を保つためである